ミドル期シングルの「これから」
内田 樹さんが興味ある文を書いていらっしゃるので引用いたします。
今回は長くなりますが、お付き合いしていただけたら嬉しいです。
〜〜 以下 引用部分 〜〜
現在35歳~64歳のシングルたちをミドル期シングルと呼ぶ。
彼らは遠からず高齢期シングルとなる。
病気になったり、介護の必要が出てきた時に、彼らには誰も世話をしてくれる人がいない。
これまで行政は「高齢シングル」に対しては関心を寄せていた。高齢シングルは 低所得や要介護のリスクが高く、社会保障に対して負荷を増大させるおそれがあるからだ。
でも、ミドル期シングルについては、行政もメディアもまるで無関心だった。
いや、無関心というのではない。むしろ、日本社会では久しく「家族を作るな」というイデオロギーが支配的だった。
私の知る限り少なくとも1980~90年代においてはシングルであることは、都市生活者につよく勧奨された生き方だった。
糸井重里は1989年に『家族解散』という小説で中産階級のある一家が離散する過程を活写した。一人一人が「自分らしく」生きようとしたせいで「家族解散」に至る物語である。でも、これは悲劇ではなかった。何より「家族解散」は市場に好感された。
なにしろ、家族が解散すれば、不動産も、家電製品も、自動車も、それまで一つで済んでいたものが人数分要ることになるからである。家族解散は「市場のビッグバン」をもたらした。
だから、「家族を作るな」というのは資本主義からの強い要請でもあったのである。
そういう時代を生きた人たちが家族形成に強いインセンティブを感じなくなったということはあって当然だと思う。人口動態がそれを示している。
「全国のシングルの総数は、1980年の711万人から2000年の1291万人をへて2020年には2115万人にまで増加しました。40年で2.98倍になった」
ミドル期シングルが高齢化したときにアンダークラス化しないために欠かすことのできない条件は地域コミュニティにコミットしていること。では果たしてミドル期シングルたちはどのような「親密圏」を形成しているのか。
これについては男女差が際立っている。男性シングルは親密圏の形成が苦手で、女性の方がずっとその点ではすぐれている。これはどなたも経験的にわかるだろう。
男性シングルは親族との関係が希薄であるが、女性シングルは「ひとり暮らしに伴う経済的不安、孤独、犯罪に巻き込まれる不安、病気の不安を男性以上に感じやすい分、親やきょうだいと頻繁に連絡をとって、結婚によって築く親密圏に代わる親子関係を軸とする親密圏を築いている。
それは、おそらくリスクに対する不安が男性よりも強いせいで、女性の方が「家族に代わる多様な生活共同体(別居パートナー、コレクティブハウス、シェアハウスなど)」の形成についても、あるいは「趣味やレジャーで会う人や同窓生などの”柔らかい紐帯”を"固い紐帯"と共に築いている人が男性より明らかに多いといえる。
男性は親族のみならず仕事以外の友人・知人とのネットワーク形成にも未成熟である。だから、高齢期に病気になった場合にもケアマネージャーや行政に優先的に頼ろうとする。
親はいずれ死ぬ。きょうだいとの縁も薄くなる。仕事も退職する。そのあとにシングルたちはどうやって生きるのか。ただ「生きる」のではない。一人の市民として、尊厳を以てどうやって生きるのか。
「ハンカーダウン(hunker down)」という言葉がある。
これは人々が「より私的な空間に閉じこもり、他者への信頼度が下がり、なるべくかかわらないようにしている」状態を意味するのだそうである。「引きこもり」である。要するに地域コミュニティにコミットしない状態のことである。
もともと日本では地縁共同体が衰退している上に、都会のミドル期シングルはあまり地域での重要な関係を持つことに積極的ではない。
「サードプレイス」という概念がある。「サードプレイスとは人々が自宅(ファーストプレイス)や仕事の場所(セカンドプレイス)以外で、社会的なつながりを築き、リラックスや交流を楽しむ場を指す。。コーヒーショップや図書館や公園がそれに当たる。
ミドル期シングルは「ツーリングに出かける先、コンサート会場やスポーツ観戦の場所などの地域コミュニティには存在しない『イベント』的サードプレイス」を挙げているが、それは「”その場を楽しむ"ということに限定されており、必ずしも、何かあったときに支え合う、家族の代替になるものではなさそう」である。
ミドル期シングルは表面的には活発な社会的関係を形成しているように見えても、自分が高齢期になったときに「生活に不安のない人」は全体の3.7%しかいない。
「病気になったときに身の回りの世話をしてくれる人がいない、という不安は64%にも上がり」、「自分が『孤独死』する不安を多少でも持っている人は半数に上がる。
「病気になったときや介護が必要になった場合に誰を頼ればよいのか、高齢期になってお金は足りるのだろうか、住むところはあるのだろうか、そして災害時に誰が助けてくれるのか」という不安を多くのミドル期シングルは抱いている。
特に災害の場合、地域コミュニティへの参与の有無は決定的である。避難所に知り合いが一人もいない状態で罹災者になるストレスはかなりシリアスであるだろう。
ミドル期シングルたちへのおすすめは、地域へのゆるいコミットメントだ。
図書館や公園で会って挨拶する程度の関係でもいい。それだって、地域の一員であるという意識の培地にはなる。
地域活動の核といえば、学校と病院である。学校と病院を「地域に開く」という試みはすでに行われている。子どもたちの教育活動に参加する、高齢者の支援者となるといった取り組みは「世代を超えて地域の結びつきを深めることに結びつくかもしれない。
鍵になるのは「ゆるい」ということである。都市生活者は「強い絆」を嫌う。何となく、ふらっと立ち寄った場所で、気が向いたら参加し、気が向かなかったら参加しないという程度の「ゆるいつながり」を求める。
もう一つ付け加えたいのは、私自身シングルのための地域コミュニティを手作りした経験があるということである。凱風館という武道の道場であり、学塾であり、かつ相互支援のネットワークの拠点を作った。
メンバー同士で子育てを支援したり、起業を支援したり、病気のときの世話をし合ったりしている。先年「合同墓」を作った。シングルや子どものいない人たちのために、誰でも入れて、道場がある限り誰かに供養してもらえるお墓を作った。
凱風館は「サードプレイス」であるが、違うのはただ「つながる」だけではなく、修行や勉学を通じて自己刷新を遂げることがメンバーに期待されていることである。
ミドル期シングルは「年をとってもあまり人間が変わらない」人たちのようだけれど、実際には人間は変わる。しばしば劇的に成長する。そのためにも、ミドル期シングルの市民的成熟を支援する仕組みを構想することもまた私たちのたいせつな仕事だと私は思っている。
以上、内田樹の研究室 『東京ミドル期シングルの衝撃 書評』より。
ありがとうございました!お疲れ様です。
自分自身がミドル期に当たるので、身につまされるものもありますね。
でも考えておかなくてはいけないことだと思っています。。
さあ、もしSpotifyをお聴きになれるのでしたら、下記の曲で疲れを癒してくださいませ。
それではまたお会いいたしましょう!
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珈琲灯屋の5月の新曲です。どうぞお聴きください。
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